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2026.4.23 旅と英語 105 聖地での最後の夜
緊張とともに到着した大都市デリーをついに旅立つ時がきました。日参したゴールデンカフェも、メインバザールの喧騒ともお別れです。以前書いた可能性もあるのですが、旅立つ時の寂しさを紛らわすために自分が考えることは、また来るね、という気持ちです。出会った方々、風景にまた会えると思えば少し気持ちが和らぎます。それが本当に難しいとしても、0%では無いのです。縁があればきっと出会えます。 久々の長距離移動となりますが、今回は順調です。席を共有するのは今回はおばあちゃん2人です。朝早かったため、早々に眠くなりうつらうつらしつつ列車にゆられます。天気があまり良くなく途中で雨も降りだしました。当初窓を開けていたのですがやむを得ず閉めます。そこまで暑くも無いので大丈夫そうです。 インドでは乗客だけでなくそれこそいろんな方が列車に乗り込んできます。チャイ売りやスナック売りはもちろんのこと、今回は子供が乗り込んできて芸を披露してくれました。どれぐらいの日銭になるのか、果たして学校は行けているのか、など考えてしまいます。シンプルに境遇がつらいと考えるというよりは、このような
濱田 実
3 日前読了時間: 4分
2026.4.16 旅と英語 104 デリーの屋上にて
明日はいよいよデリーを発つということで、その準備として洗濯にいそしみます。いつもどおり屋上でバケツに洗剤を入れての手洗いです。極小の部屋なので、屋上の解放感は格別です。日本は雨が多く、寒い季節もあるからでしょうか、あまり屋上を活用することは無いようですが、インドでのこのスタイルはとても良いと思いました。暑い土地ならではかもしれませんが。 今回ルンギーという腰巻きを始めてあらったのですが、水が茶色に変わってしまいました。要はルンギーの色がめちゃめちゃ落ちました。カルカッタで購入したのですが、後数回洗濯すると、せっかくの色合い、模様が台無しになりそうです。以後着用するというよりは敷物、風呂敷的な使用にシフトすることとなります。 マッシュポテトのお昼を食べ、また日本語情報センターに行き、新聞、雑誌を読みました。このあたりしっかりと覚えていないのですが、やはり日本語に飢えていたのかと思います。デリーの後はいつこういった媒体に会えるかは定かでは無い、といった心理も働いていたかと思われます。にしても、デリーに数ある観光地、そこはもちろんデリーにしか、インドに
濱田 実
4月17日読了時間: 2分
2026.4.8 旅と英語 103 アツアツの宮殿
満を持してアグラの町へつまりはタージマハールへ向かいます。おそらく本物であるDTTDCから朝7時に出発です。車はワンボックスで、他には2人の日本人男性とインド人の親子連れ6名。道路状況はさすがに大都市2つを結ぶ幹線道路ですので、なかなかにしっかりしていて思いのほか順調。アグラへは200kmあるので、先ずはスィーカンドラという町で休憩します。 いざアグラにつくと思ったより小さな町のイメージ。今回ツアーなので2か所を回ります。先ずはいきなりのタージマハールです。車を降りてドキドキしながら向かいます。この時のインパクトは良く覚えていまして、なぜかというとよく観光地にあるつくりではあるのですが、入口を抜けてから視界が開けるその経路がとても良かったのです。門を抜けるとそこには、ガイドブックで、テレビで、雑誌で見たあの有名な建物がまさにどーんと立っています。よくある有名観光地のガッカリ感は全くありません。(マーライオン他すみません)。思った以上に大きく、また思った以上に美しかったです。大理石の特質なのか汚れを感じさせずただそこに歴史もしっかり感じます。...
濱田 実
4月15日読了時間: 3分
2026.3.31 旅と英語 102 デリーでプチ沈没
腹痛の為(またか)ですが、ここから数日は体調管理もかねてダラダラモードに突入しました。その意味ではやはりメインバザールは便利です。インドでは食べ物に気をつけるというよりは、お腹をなれさせるしかない(あくまで自論です)感がありました。薬も服用していたので、それでも少しずつ体力が回復してきたかと思います。 元気になってきたので何かやろうという気持ちも出てきました。今回はインドに来て2回目の映画鑑賞に出かけました。カルカッタでみた映画はなかなかに面白かったので今回も期待していました、が、ストーリーはあまり覚えていないのですが生き別れの兄弟の話で、舞台は意外にも中世です。ちょっとファンタジー要素も入っていて特撮的な場面がありそれが失礼ながらとても稚拙だったので途中でだれてしまいました。インド映画は長いので興味が薄れるとなかなかに苦行です。インドっぽいダンスのシーンも少なかったように思います。 他にやったこととして写真の現像があります。フィルムカメラを使っていたのでそれを現像してもらうこととしましたが、ここでフィルムの一本がダメに(おそらく感光)なっており
濱田 実
4月1日読了時間: 2分
2026.3.5 旅と英語101 腹痛再び
インド旅行のというよりも、アジア横断旅行の一つのハイライトと言える観光地があります。それが言わずと知れた、タージマハールです。名前でピンとこなくても写真をみたらほぼ皆さんが知っている世界の中でも指折りの観光地です。 タージマハールはアグラという街にあり、当初はそちらに滞在しようと考えていたのですが、調べたところ安宿の質が悪く、また治安も若干怪しいとのことで今回はデリーからツアーに参加し日帰り旅行をすることとしました。距離は200km 強、車で4時間ほどです。インドの道路事情を考えると少し強行軍ですが割と一般的なようです。 先ずはツアーを申し込みに、DTTDCに行きます。こちらは Delhi Tourism and Transportation Development Corporation の略称ということで、デリー政府が管轄する団体とのことで、しっかりした旅行会社ということですが、そこはインドです(すみません)、その看板を掲げた偽会社が多々存在するようです。一応しっかり調べてそちらに出向きましたがやはりそれなりのお金がかかるので緊張感が出ます
濱田 実
3月7日読了時間: 3分
2026.2.19 旅と英語 100 各国のビザ事情
大使館街に何度か通った末にパキスタンビザ、およびイランビザも獲得できました。もちろん時間通りにしっかり閉まるのでギリギリ申請ができほっと一息。このあたりの手続きは、旅行人ノートアジア横断をそのまま実施している感じなので本当に役にたった一冊でした。 パキスタンはともかく、イランは今回の横断旅でビザ取得として一番の難所と考えていたので目的を達成することが現実味を帯びてきました。旅に出る際にはもちろんやる気持ちがあったのですが、正直なところ国の情勢などの変化によって入国できるかどうかは日々変化します。実際にできるかどうか確信はありませんでした。パスポートに都度ビザが増えるにつれてそのワクワク感が増します。ちなみにですが、パキスタンビザは見た目とてもかっこいいです。それぞれお国柄がありますが、自分の中でNo1です。 また日本語情報センターに行き、日本での災害(洪水や地震など)についての情報を得ました。思い返すと、日本語や日本の情報に飢えていた感じがうかがえます。。。 レストランWinpyに行ったあと、腹痛に襲われふらふらと宿に戻ることに。おそらくですが、
濱田 実
2月19日読了時間: 3分
2026.2.14 旅と英語 99 便利さの弊害
デリーではビザ関係と暇つぶしで、大使館街にはお世話になりました。日本大使館は首都らしく機能も立派で、小さな図書館があり日本の情報に飢えていた私は重宝しました。日本の新聞も読めます。こちらで伊東選手のアジア大会100mでの10秒フラットを読みました。 なんとも時代です。 このあたり今はというとリアルタイムでニュースが手元に飛び込んでくるので、もちろんそれは良いことだと思うのですが、その分日本との距離感があまり感覚的に変わらない気がします。同時に悪い面としてとらえてみると、海外にいること、異なる文化にいることの没入感が薄れてしまったことかと思います。当時は嫌でも情報をシャットアウトされるので海外の人々と同じように時間を過ごすこととなります。その心細さと同時にドキドキするような高揚感を当時私はとても楽しんでいたと思います。その反動がある分日本の家族と話すとき、情報に触れるときによりありがたみがありました。 インドに戻ってから、おなかの調子が100%ではありませんでした。それもあってかデリーではワールドバザール~コンノートプレイス周辺をうろうろする以外は
濱田 実
2月14日読了時間: 2分
2026.2.3 旅と英語98 旅とリスク
デリーは首都なので大使館がそろっています。今回の旅の目的はアジア横断ですので、次なる国はパキスタンとなります。まだインドもめぐる予定ではありますがパキスタンに入るにはビザが当時は必要でした。先ずは日本大使館にてレターをもらい、パキスタン大使館にてビザを申請します。このレターをもらう際にですが、実は注意喚起の用紙をもらいます、内容はというとパキスタンに入ることのリスクです。 今まで東南アジア、インド、ネパールと来ました。もちろんそれぞれの国で安全面でのリスクはカンボジアなど特に日本と比べればやはりありましたし、それも実感してきました。ただパキスタンはインドとの紛争、核開発、テロなどのニュースもあり緊張感がより漂う国ではあります。際立って公的なそして、情報量がある大使館よりそのような要請があることによって潜在的な危険性を改めて理解することになりました。 バックパッカーは多種多様です。中にはとても用心深く行動される方もたくさんいます。同時にやはり時にはルールぎりぎり、(破ることもあるかもしれません)で辺境の地へ向かう人もいます。行くなと言われると、行き
濱田 実
2月3日読了時間: 3分
2026.1.14 旅と英語 97 黄金の喫茶店
当初泊まった宿は、ドミトリーの大部屋だったので少し落ち着かず、宿を移ることに。メインバザールのCamden Lodge という宿に移ることとしました。こちらは極小の一応個室で雰囲気的には屋根裏部屋です。ベッドとそれと同じぐらいのスペースがあるのみのまさに寝るためだけの部屋です。天井がめちゃ低いので部屋にいるときはかがんでいる感じです。居心地はもちろん悪い(笑)のですが、格安でした。 さて、改めてデリーの街を歩くこととします。どこの街でもそうですが夜間と昼間では雰囲気、印象がまったく変わります。首都だけに活気はもちろんあるのですが、いわゆる洗練された雰囲気は無く、インドらしいインドです。それもそのはずで、デリーは古い街のエリアと首都機能のあるニューデリーにて大分雰囲気が変わります。いわゆる中心に位置する紺ノートプレイス周辺は整備されていて、綺麗です。私世代であると、ここで猿岩石の今をときめく有吉さん、森脇さんが、爆風スランプの2人に曲とコーラをもらい号泣していた場面を先ず思い出します(笑)。 インドは、今更ですがやはり暑いです。ネパール帰りからする
濱田 実
1月15日読了時間: 2分
2025.12.24 旅と英語 96 デリーの暗闇
ゴーラクプルからデリーへの寝台列車、少し心配でしたがしっかり寝れました。それまでの疲れもあったかもしれません。程よい列車の揺れがここちよかったですし、安全面に関しても周りの客となんだかんだコミュニケーションを図ることであまり緊張感も持たなかったことも良かったかと思います。 バスの車窓とは異なり、ひたすらのどかな景色が続きます。しばらくは楽しんでいましたが徐々に飽きてきました(笑)。特にやることが無いので、後は人間ウォッチングです。向かいの席の自称ドクターはとなりの女の子たちにちょっかいを出し始めます。その奥さん?だと思うのですがアジア系の女性が子供たちの行儀の悪さをしかります。まだまだ英語力としては乏しいこととプラス、年齢層的に離れているためそれこそ話題が分からず会話がそこまで無いまま電車にひたすら揺られます。 特に問題があったようには感じませんでしたが、デリー到着は随分遅れ20時ほどとなっていました。もちろん辺りは真っ暗です。ここで一つ焦った出来事がありました。私のバックパックは安全を考えて座席にチェーンロックで括り付けていたのですが。列車の到
濱田 実
2025年12月24日読了時間: 3分
2025.12.10 旅と英語 95 旅はみち連れ
予定外にゴーラクプルにて静養をとり、いよいよデリーに向かいます。今回はインドで2回目の夜行列車となります。一度目は地獄の(笑)カルカッタ→ガヤでした。今回はちゃんと寝台をとっています。(前回ももちろんとっていたのですが、、)お昼にチェックアウトをして駅へ向かいます。それなりにルーティンが出来た街を出発するときはいつも少し感傷的になります。宿の人も、食堂のおっちゃんも、買い物したお店のおばちゃんもお元気で!! 駅についてまだ時間があるのでホームのベンチで本を読みながら過ごします。こんな時が旅する中で好きな時間なのですが、今回は近くでのら犬がケンカをしていたり、生意気な子供に話しかけられたりとあまり落ち着かない時間となりました。 電車のキャンセルが多いようで前回のトラウマから不安になってきた私は再度、時間とプラットフォームを確認しました。当時インドでは窓口でのやりとりが普通でしたがその際に列をつくりません。当初はゆったりと状況を見ながら乗車券を買うなどしていましたが、すぐにそれではいつまでたってもらちが明かないことに気づきます(笑)。しまいにはインド
濱田 実
2025年12月10日読了時間: 3分
2025.11.20 旅と英語 94 停電と夜景
飲んだ薬が少し効いたのか、ちょっと復活したのでアグラへ何とか出発しようと駅へ向かったのですが、何と列車はキャンセルになったとのこと詳細わからなかったものの、アグラーに向かうことをいったんやめてデリーに向かうことにしました。切符の払い戻しのおばちゃんは珍しいことに(失礼)感じの良い対応でした。デリーはアグラーへのアクセスは良いようなのでもちろんタージマハールはそちらから行く予定です。デリーはデリーで、もちろん言わずとしれた大インドの首都なのでそちらへ向かうことへもワクワクです。 しかたなく泊まっていたエローラホテルに戻ります。ただこちらでまたトラブル、部屋の交渉がうまくいかず頭にきた私は他のホテルへ行くことに。。。拠点の町なので駅前にはホテルはたくさんあります。このあたりインドに帰ってきてから怒りっぽくなっているようで、我ながら翻ってみると反省ですが、ネパール帰りの反動があるかもしれません(笑)。インドのノリに再度慣れる必要がありそうです。 移った先の宿は大きなベッドがあり、さらに大きなバルコニーもありました。誤解なく言えばもちろん高いホテルではあ
濱田 実
2025年11月25日読了時間: 3分
2025.11.13 旅と英語 93 インド再入国
やはり無理をしていたようで、体調が朝から悪く薬を飲んで寝ることにしました。休んでいると昨日バスで出会った日本人が来てくれて気遣ってくれました。今回の旅では体調を大きく崩すことは無かったのですが、さすがにこたえたようです。長髪、ひげの彼はバイラワという街へ行くとのこと。ブッダ生誕の地ルンビニという聖地への入り口の街だそうです。ネパールもまだまだ見どころはあります。 しばらくするとちょっと元気も出てきたのでバルコニーからスノウリの街を眺めます。小さい街ですが活気があります。国境の街なので様々な人が行きかいます。すぐにでもインドへと考えていましたが、この日はゆっくりすることとしました、先は長いです。無理する必要はもちろんありません。ただし、夜はネパール人の団体がうるさくなかなか落ち着けませんでした。インド人も、ネパール人もやはりみんな集まってがやがやすることが好きです。それはオーストラリアでも同様で、隣人になったときに少し悩まされました(笑)。 翌日は早朝起きて、国境へと向かいます。インドのイミグレではやはり、というか久々にインド的な扱いに触れました。
濱田 実
2025年11月13日読了時間: 3分
2025.11.6 旅と英語 92 火事場のなんとやら
ハードな移動は、まだまだ続きます。バスの上移動にも少しずつ慣れて来たところでしたが、また路面の状態が悪いとのことでバスが進めなくなりました。ということで再度バスを降りて今度は指示通りジープに乗り込みます。悪路に強いジープですので、これなら最後まで大丈夫などと考えていると再び道路が封鎖されています。この辺りから笑いごとでなくなってきます。 ジープを降りて30分程歩かされ(このあたり30分はすでに許容範囲となっています)、また待っていたバスに乗り込みました。今度こそ、大丈夫だろうという考えが甘く、またまたまた降ろされます。とりあえず次にバスが待っているところまで歩けということですが、雨が降り始めており、地面も舗装されていない箇所なのでぬかるんでいて、とても歩きにくいです。自分はまだリュック一つと装備は少ないのですが、周りの乗客は大きな荷物なども抱えておりとても大変そうです。道は進むにつれてさらに状態が悪くなり、サンダル履き(!)の自分はとうとう道にはまって歩けなくなってきたので、しまいには裸足で進むこととなりました。 予定到着時刻はとっくに過ぎ、あた
濱田 実
2025年11月7日読了時間: 3分
2025.10.23 旅と英語 91 最高の席
ポカラは、時期のせいではありますが思い出すと雨ばかりでした。そのため宿やカフェなどゆっくり過ごす時間が多かったかと思います。もっともっとヒマラヤの山々を堪能したかったとも言えますが、それでも素晴らしい眺望を楽しみましたしアクシデントを交え出会いもありました。カトマンズもそうですが、ネパールはやはりインドとは違う空気感があります。ゆったり、まったりの国です。自分の中では。 インドにももちろんインド的な意味での良さがあります。それは強烈な刺激になるかと思います。とても抽象的ですが驚きがインドにはあります。それだけ日本とは違う点多いということかと思います。しばらくネパールで充電したおかげで、またインドに立ち向かう(笑)準備ができました。ただし、この移動は今回の旅のなかで指折りのイベントなります。 バスにのり最初の目標は国境の街スノウリです。パンを食べていたら乗り遅れそうになりました。しばらくは順調に進んでいたのですが、バスはなぜか停車します。なんでも土砂崩れのため先に進めないとのこと。なすすべなくしばらく休憩となりました。今までも予定通りにいかないこと
濱田 実
2025年10月23日読了時間: 3分
2025.10.16 旅と英語 90 サランコットで修行
ポカラに来てから随分とリラックスモードになってました。理由はやはり天気が悪かったことが大きいのですが、この日は久々に朝から天候が良く、それならばと観光にでかけます。 今回の目的地はサランコットとよばれる山というか丘で、そこに行くとヒマラヤの山々の眺望が楽しめます。アンナプルナ、マナスルなど自分も聞いたことがある山々です。ポカラというかネパールに行く人々の目的の一つとしてこちらは外せないかと思います。サランコットまでプチトレッキングができるのでそちらも魅力です。 自分は比較的歩くのが好きな方です。特にバックパッカーにとってそこはある程度必須事項になるというか、そのほうが旅を楽しめる可能性が高まると思うのですが、今回はなかなかにハードでした。先ずは丘まで2時間半から3時間の道中ですが、サランコットの丘は1592mの位置にあるので、(ポカラは822mです)もちろん登っていく必要があります。ちなみに比べる意味が全くないかもしれませんが、高尾山は600mほどですので、そんなノリだったのですが、道中は整備されたトレッキングコースというよりは、かなりローカル色
濱田 実
2025年10月16日読了時間: 3分
2025.10.9 旅と英語 89 トイレのお礼に
雨期のネパールなので、今日も朝から天気が悪く久々にごろごろと朝を過ごすことに。もともと本を読む方だったのですが、旅にでると日本語の本が貴重になるのでそれこそ普段は自分が読まない分野の本もついつい読んでしまいます。 雨が収まったところで、今回もポカラ観光再開です。今日はダムサイドへと足を延ばします。先ずはデイビィスフォールです。フォールは英語で滝という意味もあり、文字通り訳すとデイビィさんの滝となるのですが、なぜかというと昔々スイス人のデイビィさんがこちらで川に流されたとか、なんとかです。なかなかの迫力はあります。 続いて訪れたのがチベット人の難民キャンプでした。名前そのままにチベットから逃れてきた人々を迎えいれている土地で、お土産などを買えるようになっていました。チベット村とも言われ随分と昔からあるようです。雰囲気はネパールと少しことなりチベットの文化に触れられます。こちらで値段交渉をしつつかばんの飾りを買いました。お店のお姉ちゃんたちはなかなかしたたかで、交渉がここでも必要でした(笑)。 その後街にもどりジャーマンベーカリーでお昼を食べました。
濱田 実
2025年10月14日読了時間: 2分
2025.10.2 旅と英語 88 アジアの中の日本人
ポカラはバックパッカーが必ず訪れるような街なので、日本人向けの店も多いです。その一つが味のシルクロードというお店です。カトマンズにも店舗がありお世話になりました。こちらは単なる日本食レストランというよりは情報交換の場所にもなっており、日本語の新聞なども当時はおいてありました。ネットがまだの時代には大変ありがたかったことを覚えています。 他、日本人観光客に遭遇する機会も多かったように思います。湖にボート乗り場があり、景観を楽しみながらボケっとしていたところ、年輩の日本人旅行者と話す機会があり別れ際にお漬物をいただきました。割と各地の食べ物が大丈夫な人間ではあるのですが、ふとこういったものを食べる時にやはり長年の習慣は知らず知らずに体にしみこんでいることに改めて気づかされます。日本でも昨今では、珍しい海外の食材を扱うスーパーなど大変増えていますが、遠方からやってくる方々がいることにも、ある程度高額でもついつい買ってしまうことについてはとても納得です。 とぼとぼと歩くこと数十分、雨が降ってきました。旅全体で言えるのですが傘をあまり使いません。代わりにレ
濱田 実
2025年10月2日読了時間: 3分
2025.9.26 旅と英語 87 月明りで食事
ポカラ到着後、最初の夜は宿の中庭で食事です。混沌としていて、ごちゃごちゃとしたカトマンズとリゾート地ポカラはやはり違います。明かりも程よく少なく(節約?)雰囲気も良いです。実のところこの後、カナダやオーストラリアでも生活した経験から、日本は”明るい”国だと気づきました。照明...
濱田 実
2025年9月26日読了時間: 2分
2025 9.18 旅と英語 86 雲と山の間
朝7:00のバスでポカラへ向けて出発します。カトマンズでは意外にパンが美味しかった印象があります。朝ごはんとして最後にパンを買ったのですがこちらも美味しかったです。 昨今(2025年9月)ネパールはニュースで取り上げられることが多いのですが、正直表面的な部分しかわからないの...
濱田 実
2025年9月19日読了時間: 3分
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